戊辰戦争150年で、会津地方出身、東京在住の女性の私が今感じること

戊辰戦争から150年ということで、盛り上がるところは盛り上がっていますね。

私は、あんまり人が殺しあう歴史について興味がないので、日本史も選択しなかったぐらいなので、歴史はよくわかりません。

福島県の会津地方と、山口県が、現代でも敵対しているなんて、大学を卒業して、東京に出てくるまで知りませんでした。

私の実家は会津若松市と喜多方市の中間にある、かつては北前船で栄えた地区

私の実家があるのは、会津若松市と喜多方市のちょうど中間にある喜多方市塩川町です。

平成の大合併で、喜多方市に吸収合併されましたが、私が生まれ育った頃は耶麻郡という郡部でした。

阿賀野川が流れていて、新潟と繋がっている場所なので、かつては交易で栄えた場所だったのだとか。

私が生まれ育った1980年代90年代には、ただの寂れた田舎町でしたが、お隣には、元芸者だという女性が住んでいました。

その頃は、他にもそういう女性がいらっしゃったようで、行事で中学生に踊りを教える人がいたり、小料理屋や料亭もまだ残っていました。

芸者の置き屋もいくつかあったそうで、子供の頃に芸者に可愛がられたことが、父の自慢であるようです。

だからなのか、町で洪水などがあると、彼女たちの家を助けに行くのは、町の男性の役目であったようです。

ちなみに私の実家は、父が3代目、弟が4代目で、地元で商売をやっています。

曽祖母も祖母も母も、同じ町か隣町から嫁いできているので、親戚も、外に出た人以外はほとんど会津にいます。

それであるのに、私は全く、戊辰戦争というものを知らずに育ちました。

喜多方市でも激戦があったようなので、会津若松市と喜多方市の中間にあり、かつ、交易で栄えた場所が、なんの被害もなかったとは考えにくいのですが、それでも、ほとんど、その話を聞いたことがないのです。

戊辰戦争のことで、子供の頃に知っていたのは、白虎隊の生き残った人のお墓が町内にあるとかないとか、それぐらいです。

そんなに印象に残っている話でもないので、こんな感じの記憶というわけです。

憎しみを子孫に引き継がなかった会津人

今でも、会津人は山口県を許していない、なんて、本などもあるようですが、許さないも何も、私のように、その話を知らない会津人は多いのではないかという気がします。

親戚からも聞いたことがないし、学校でもそんな話は聞いたことがないのですから。

震災などは、教訓を忘れずに、身の安全を守る知恵を引き継いで行くのは大事なんでしょうが、人と人との争いは、子孫に引き継がないという選択もできるということですよね。

そういう選択が出来ることが、会津の人は立派だと、誇りに思います。

山口県の人と結婚するな、という風に言われていたというのは、祖父母や曽祖父、曽祖母との同居が当たり前だった会津で、戦争の記憶がある同居人がいたことへの配慮だったのではと思います。

本当にそれだけで、山口県を許すとか許さないとか、そういう話ではなかったのではないでしょうか。

いや、うちはもともと農家の家系なので、武家の家系のお宅のことはわかりませんが。

あの辺りは、町ごとに言葉も違うようなところですので。

東京で私に最初のチャンスを与えてくれたのは山口県出身の社長でした

私は、東京に来てから、雑学の一つとして、会津と長州が敵同士だということを知りました。

そして、会津出身なのに、今までそれを知らなかった無知な自分を少し恥じました。

でも、山口県の方は、そうではないらしいのです。

私が、自分の夢に向かって転職活動を初めて、最初の会社に入れてくれたのは、山口県出身の社長でした。

そして、その社長は、会津への負い目を感じていて、それもあって、私に声をかけてくれたようだし、他にも会津出身の友人がいるとおっしゃっていました。

とはいえ、私はその頃、まだ20代で、元気一杯、常識もなく、野心と向上心の塊だったということで、恩を仇で返す形で、その会社を飛び出してしまったのですが・・・。

いや、社長が長州の人だからでなく、その後の会社でもやらかしているので・・・。いやはや。

自分がフリーランスになって、色々苦労した今、その社長には、申し訳ない気持ちもありますが、それを上回る感謝と尊敬の念があります。

私にとって、山口県、長州というとその社長のことを思い出しますし、不思議と、何かチャンスをくれる人は、山口県の人であることが多かった気がします。

憎しみは引き継がない、それが会津人

先にも書きましたが、憎しみで人を縛っても仕方がないですよね。

子孫である私が、もし、戊辰戦争の憎しみを引き継いでいたら、ただでさえ不器用な私が、山口県の人の恩を受けられなくなって、東京で生きて行くのはさらに困難になっていたことでしょう。

最近、戊辰戦争の時の会津って、本当に大変だったんだなあと、なんとなく当時の歴史を触れる機会が増えて来た中で感じていることですが、会津のご先祖様たちが憎しみを引き継がないで、子孫の私たちを自由にしてくれたことは、本当に偉大なことだなあと思います。

この記事を書いた人

古川 恵子

都内でワードプレスのレッスンを行なっております。
2017年前半は約50名にマンツーマンレッスンをさせていただきました。

ワード、エクセルが使えるレベルの方から、本格的なカスタマイズに挑戦したい方までご利用いただいております。

福島県でのレッスンも開催中です。